全速力で生きたかった私と、回り道を美徳にしていたあの頃

21年前35歳の私の過去投稿

2005/02/06

「何者かにならねば意味がない」
「結果を残さなければ意味がない」
人生においてついつい全速力になりがちな私。

「赤毛のアン」の最終回で大泣きしてしまった。
昔、子どもの頃見たときには「ふ~ん」って感じだったのに。

目の悪くなってしまったマリラを守るため、
大事なグリーンゲイブルズを守るため、
進学をあきらめて地元で教師になることを決意したアン。

今は曲がりくねった道をゆっくり進んでゆく。
曲がるたびに、何に出会うかわからない。不安もあるけれど楽しみ。
大きな山をめざし、一直線に走っていたころには気付かなかった足元の小さな花。
もちろん、今も山は向こうに見えているのだけれど、
そんな小さな幸せ(日常)を積み重ねる人生も素敵。

21年後56歳の私が思う事

あの頃の私は、曲がりくねった道を好きだったわけじゃないと思う。

たぶん、本当は全速力で走りたかった。
でも、それができない状況だった。

だから、「小さな花も素敵だよ」と自分に言い聞かせていたのかもしれない。
アンの選択は、理想というより、そのときの私を落ち着かせてくれるものだった。
まさにMaktub――必要な時に必要なことが起きる


遠回りを美徳にしたかったわけではなくて、
ただ、あのときの自分を否定しないための言葉。

今は全速力になる自分もいるし、
回り道をしている自分もいる。

どちらかが本当、という感じでもない。

たぶん、どっちも本当の私。


赤毛のアン – ルーシー・モード・モンゴメリ
▶Yahooショッピング
▶Amazon
▶楽天ブックス

タイトルとURLをコピーしました