サイコドラマ ー 自分自身の中での役割

22年前34歳の私の過去投稿

2004/09/14

前回は、家族の中の役割についてのワークを行ないましたが
今回は「自分自身の中での役割」についてです。

「女性」というものをアクションで表すとしたらどんな感じになるだろう?という導入。
参加者みんなが、それぞれ違うことをするのですごく面白い。
私の頭に即座に浮かんだのは「弱く、捨てられ、すがる女」。演歌のイメージ。

そのアクションをいやいやながら自分でやってみる。
床に寝そべり、腕は宙を掴むように、上目遣いで何かにすがっている・・・ いやだ、こういう女性にはなりたくない!
・・・とその時に気が付いたこと。嫌いだけど、間違いなく「自分の中にある」ということ。

横には他の方が演じてくれている「ほがらかでのびのびとした自分」「きちんとまじめな自分」がいます。
いま床に寝そべっているぐずぐずした私からそれらの「私」を見ると、何だか無理して頑張っているようにも思えてきます。
逆に、それらの「私」たちからぐずぐず私を見ると、嫌悪感は少し緩まって、何だかかわいそうにも思えてきます。

要するに、その「3つの性格」すべてが「私」にとって必要であるということ。
お互いにお互いの持っていない点を補いながら、必要な時に必要な性格が前面に出て、暮らしているんだなということ。

「自分が嫌い」という感覚がちょっぴり弱くなった気がしました。

サイコドラマ はじめての体験
Maktub — 必要な時に必要な事が起きる

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